魍魎の匣 2007

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魍魎の匣魍魎の匣 2007

監督: 原田眞人
出演: 堤真一、阿部寛、椎名桔平、宮迫博之、田中麗奈、黒木瞳

百鬼夜行シリーズの一つ
登場人物が多すぎて、そして話が複雑でわかりにくい。この京極堂、百鬼夜行シリーズとして本を読んでいないと素直に映画に入っていけない。前作の映画姑獲鳥の夏を見ていれば設定が理解できるかも。
百鬼夜行シリーズはミステリー性も高いが、中禅寺秋彦や榎木津礼二郎に不思議な力があったり、事件も怪奇的なところが多いようだ。特にこの物語は、匣の中に美少女の胴体が入っている。

この映画を見たのは2回目だが、独特の雰囲気、世界観が面白かった。ただ、最後の美馬坂幸四郎の実験棟、匣が崩れて落ちていく中はなんだかあまりも想像を超えた設定で理解できなところも多かった。

今回は、美少女連続殺人事件が起きている中、遺産相続の揉め事から、柚木陽子が彼女の娘柚木加菜子が失踪したために、探偵榎木津礼二郎に依頼することが物語が始まる。
そして関口巽、中禅寺秋彦、榎木津礼二郎が動きだし、次第に美少女連続殺人事件、元女優の失踪した娘,新興宗教の箱を祈る謎の教団 美馬坂近代医学研究所と謎が広がっていく。

久保竣公の小説の話が映画の冒頭に出てくる。箱の中にはみっしりと少女が詰まっていました。こえがその後の重大な鍵であるのは、最後まで話を知っていないとわからないのだが。
美馬坂幸四郎は不死の研究に没頭し人造人間を作ろうとしていた。そしてその人体実験された少女の体が箱の中に入っていたを子供の頃に久保竣公が見て精神異常をきたしたことがこの事件の発端である。
最後の展開も意味不明の中、美馬坂幸四郎も久保竣公も死んでいく。

それにしても美馬坂幸四郎が作った匣は、一体何だったのか。どういう人造人間を作りたかったかわからない。
柚木陽子と美馬坂幸四郎との関係はそれほどストーリーと関連しないのだが、こんな設定にまでする必要があったのだろうかと思ってしまう。
確かに柚木陽子の美馬坂幸四郎への盲目的な愛が、彼らの子供柚木加菜子を救うために?胴体だけで生かされることになるのだが。
それにしても、楠本頼子が柚木加菜子を突き落としたのは、首筋あった黒子というのだから、動機が怪しすぎる。

中禅寺敦子役の田中麗奈は、男装の麗人的な雰囲気で、このおどろおどろしい話の中で爽やかな存在でそこがいい。
中禅寺秋彦は、まさに堤真一節が炸裂している。中禅寺秋彦が、新興宗教、穢れ封じ御筥様の寺田兵衛を、陰陽道の呪文でやっつけるところが面白い場面である。
榎木津礼二郎も新しいキャラクターというよりは阿部寛そのものである。
柚木陽子役の黒木瞳は、これも黒木瞳節ですこし飽きてくる。
逆に宮藤官九郎が演じる久保竣公は新しいキャラクターを作っていて面白い。
柚木加菜子役の寺島咲、楠本頼子役の谷村美月もこの怪奇なストーリーの犠牲者であるが美少女役が似合っていた。
日本が舞台というが、明らかに中国である風景がある。ロケが上海で行われたのは関係しているのだが、わざわざ上海らしい風景を取らなくても良かったと思うけど。

魑魅魍魎(ちみもうりょう)とは、魑魅が山の化けものを指し、魍魎は川の化けものを指す。魑魅魍魎というときは山河すべての怪を指している。
しかし映画の中で説明されているのは、魍魎は、かげのまわりにできるぼんやりとしたもの。魑魅魍魎は、狐狸妖怪のたぐい。と説明している。すこし意味が違うんだが。

再視聴 1回

My Rating(評価): 14/20

Dark Places ダーク・プレイス 2015

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Dark PlacesDark Places ダーク・プレイス 2015

監督: ジル・バケ=ブランネール
出演: シャーリーズ・セロン, ニコラス・ホルト, クロエ=グレース・モレッツ, クリスティナ・ヘンドリックス

シャーリーズ・セロンのサスペンスドラマである。シャーリーズ・セロンが意外と地味な役なんだがやっぱり美しさは隠せないというところか。
最後のドンで返しというか真相が複雑すぎて、これを書いている時にどうだったかと詳しい状況を思い出せなかった。

28年前に家族を殺害された。母と姉二人が殺された。リビーは犯人から襲われたが、間一髪逃げることができた。
兄ベンーが犯人として逮捕され、終身刑に服している。
リビーはマスコミで騒がれ、かなりの額の援助を国中から受けて暮らしに困らなかった。
しかし今ではその資金もそこをついて、一家殺害事件の真相を書いた本もあまり売れない。
そこに殺人クラブという団体から手紙が届く。殺人クラブは過去に起きた事件について再度検証を行う団体だった。
クラブはリビーにあの事件を検証するために、重要な証人として参加して欲しいというものだった。

事件の真相について
真相を解く鍵は、当時の兄に付き合っている謎の女性ディオンドラを探すことだった。

当時母のパティは大きな借金を抱えて困っていた。母のパティは険金目当てに自分を殺す依頼をしていた
兄のベンは、自分の子供を妊娠したディオンドラと一緒に家を出ようとして家に戻り金を探していた。
そこに妹のミシェルに見つかり、ディオンドラはミシェルともみ合いになる。
それを見ていた妹のデビーは母のところに助けを求めにいく。デビーが母のところに行くと、殺人を依頼された自殺請負人のディールが母をナイフで刺し殺している所を目撃してしまう。
自分の顔を見られたディールはデビーをショットガンで殺してしまう。銃声に驚いたベンが部屋を離れるとディオンドラはそのままミシェルを殺してしまう。

ディオンドラは行方をくらまし、ベンはディオンドラをかばい、彼女がいたことを証言しなかった。
ディオンドラの本名がポリー・パームであることを突き止めたリビーは、ポリー親子に捕まってしまう。
最後の展開はやっぱり複雑で、同時に二つ悲劇が起こっていた。

題名のDark Placesは、リビーが襲われた時に隠れた場所と、その後ずっと彼女が真相がわかるまでいた場所なんだろう。彼女の証言によって兄ベンが有罪になったのも彼女の心の中に影を落としていたのだろう。

これは物語が進んでいく途中に、当時幼かったリビーが次第に何があったか思い出しながら事件の真相を探っていく話である。この物語の面白いところは、主人公がやや社会性を無くし欠けた一家殺人事件の被害者であること。そして事件の真相を探る殺人クラブの存在が面白い。
最後の展開でリビーの命も危うくなる。最後の真相がわかるまではドキドキする典型的なサスペンスドラマである。
ただ事件の真相の謎解きのサスペンスに集中していて、あまりリビーの人間性に迫っていない。
そこが物語として足りないところか。彼女がどうして野放図な生活をしてきたか。その問題は、この事件の真相がわかると、解決するのだろうか。

My Rating(評価): 14/20

君と100回目の恋 2017

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君と100回目の恋君と100回目の恋 2017

監督: 月川翔
出演: miwa, 坂口健太郎, 竜星涼, 真野恵里菜, 泉澤祐希

そうか100回か、これもタイムリープがポイント。
自分が愛している女性が死んでしまう運命を変えることができたら。
最初は大学生の仲良し組の映画と思っていたら、交通事故にあった葵海が大学の講義を受けて居眠りしている過去に戻っていた。
それは夢だったかと思った葵海は、次第に過去に戻っていることに気づく。そしてそのことを同じく知っていたのは、幼馴染の陸だった。
次第に明かされるタイムリープの秘密。そして葵海の運命。
陸はずっと葵海の運命を変えるためにタイムリープを繰り返してきたのだ。

そして葵海はその事実を知った時、陸がタイムリープの迷路にはまっていることを知る。
そして陸の囚われた心を助けるために、タイムリープを可能にするレコードを割ってしまう。


時は繰り返さないから、大切なのである。葵海の思い出を心の奥にしまっておいて、未来に向かって進んで欲しかった。
ということなんだろう。
僕はこの終わり方は悪くない。でもストーリーの盛り上がり方が、葵海がレコードを割る流れがあまりうまくない。
もう少しここの展開を工夫して欲しかった。
確かにmiwaの演技は下手だけど、このストーリーの展開なら許せる範囲。それより最初の演奏が素晴らしかった。

タイムリープを繰り返して運命を変えるバタフライ・エフェクトの映画が元にあるんだが、これを使った映画はいっぱいあるが、これは一味違う。
最後は、二人が結ばれて幸せな時を過ごして、運命に従っていくのである。
この展開は本当に悪くないんだが、なぜかどこか盛り上がりに欠けてしまう。最後に葵海が自分の運命を選ぶところの盛り上がりがない。そこが残念。

全体的に色調が明るく設定されていて、髪型、ファッションが韓国風なのが気になった。
タイムリープができるレコード、誕生日プレゼントのチョコレートのレコード、花火、バンド、マネージャーの里奈の恋心など面白い小道具、工夫があって面白い。

My Rating(評価): 13/20

砂の器 1974

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砂の器砂の器 1974

監督: 野村芳太郎
原作: 松本清張
出演: 丹波哲郎, 加藤剛, 森田健作, 島田陽子

これはかなり前にテレビで見た映画である。
ただテレビを見た時は、犯人がピアニストであり作曲家であり、芸術を表現する絶頂にありながら捕まってしまうドラマ性が強く印象に残っているだけである。
本浦千代吉のハンセン病についてあまり印象に残っていなかった。今回2度目に見た今回の映画では、なぜ和賀が三木を殺したかを考えながら見た。

三木巡査は善意の人であり、本浦親子に出会い、親切で秀夫の父本浦千代吉を病院に送った。そして本浦本人を養子にまでしようとした。
しかし何故、そんな善意にあふれた人を和賀(本浦秀夫)が殺したかだが。ここは映画では語られていない。この理由がわかるために、本浦秀夫の生きた道をただるしかないのである。
彼の作曲した宿命を聴きながら、彼の生い立ちを振り返ることが必要である。

本浦千代吉は病院に送られて本浦秀夫と離れ離れになってしまった。千代吉の健康状態を考えればそれがいいんだが。
三木はいいことをしたんだが、子供の秀夫にとってはかけがえのない父を彼から奪ったのである。別れて暮らさなくては行けなくなった。秀夫は天涯孤独になってしまった。
彼の額にある傷は誰がつけたか。別の村の巡査である。彼にとって、国家権力の象徴である警察は、いつも彼に対して迫害を加えてきたのである。
本浦親子の旅は、回想シーンからも痛々しいほどわかる。彼が高木理恵子に子供を産ませなかった理由も考えなくてはいけない。彼の母は、彼を父と共に捨てたのである。
当時ハンセン病は遺伝する病気と考えられていた。だから彼も捨てたのである。
本浦秀夫もいずれハンセン病を発病するのではないか、いつか自分の子供もハンセン病になるのではないかと恐れていたのである。子供を持つと彼の忌まわしい宿命がついて回るのである。

作曲家として成功した和賀(本浦秀夫)を訪ねた三木は、執拗に父に会うように説得した。それは彼にとって今まで築き上げてきた城、生活(砂の器)を崩そうとする憎い敵なのである。
三木は和賀(本浦秀夫)が自分の生い立ちを隠して必死に生きてきた気持ちをわかってやれなかったのである。
彼の父が、ハンセン病を患っている父であることが世間にわかれば、彼の生い立ち、戸籍の秘密がバレてしまうわけである。彼にとってはそれは許しがたいものである。
そして子供の頃に受けた仕打ちを思い出したのである。いつも三木は、自分の幸せを奪っていくと彼が思っても仕方がないのだ。
彼が三木を殺す動機は十分にあるのだ。それでも計画性はなかったのだろう。

三木は日本人大衆の良心の象徴である、しかしそれは、本浦親子にとっては憎むべき敵であったのである。
つまり日本全体がハンセン病を患ったの家族に迫害を加えてきたわけである。和賀が幸せを求めるためには、三木を殺さなくてはいけなくなったのである。それは悲しい宿命であったのである。

彼はそれを音楽で表現していたのである。そして自分の中に内在する宿命を。つまり虐げられた子供時代でも父と暮らした楽しかった日々を。

三木はおそらくらい療養所に入った父の千代吉から責められていた。息子の秀夫に会わせてくれと。彼とわかれて秀夫が行方不明になったのは三木のせいだと責めていたのである。
三木は秀夫が行方不明になったことも責任があると感じていたのだろう。だから和賀に強く父に会えと言ったのだが。しかし彼はやっぱりハンセン病を理解していなかった。
父の千代吉に秀夫が成功していることを伝えれば、きっと千代吉はそれで満足して2度と会いたいとは言わなかったと思う。


この小説は、今西警部補の粘り強い捜査と、罪を憎んで人を憎まずの態度が素晴らしいのである。方言とかめだが、東北ではなく島根県の亀嵩というところにたどり着くところが面白いである。
それにしても列車から白い紙吹雪を投げた女性から、それが殺人の証拠の可能性があると考えた吉村巡査も面白い。
最終的に、今西がどれだけ犯人和賀の気持ちを殺人の動機に迫っていたかがわかる映画である。

若い渥美清が出てくるのが懐かしい。丹波哲郎それにしてもの演技が本当にいい。それとやっぱりテーマ音楽の宿命が本浦親子の旅を素晴らしく描いていた。本当に映画と音楽がマッチしていた。
小説を読んでいないので砂の器のタイトル意味は想像でしかない。
本浦秀夫が子供の頃に求めたのは、作曲家になり成功していく人生(砂の城)ではなく、本当になにげない日常生活でお茶碗でゆっくりとご飯を食べたい普通の生活だったのである。彼はそれに憧れて、砂の器何個も作ったのだろう。



My Rating(評価): 16/20

The Cloverfield Paradox クローバーフィールド パラドックス 2018

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The Cloverfield Paradox The Cloverfield Paradox クローバーフィールド パラドックス 2018

監督: ジュリアス・オナー
製作: J・J・エイブラムス, リンジー・ウェバー
出演: ググ・バサ=ローハミルトン, デビッド・オイェロウォキール, ダニエル・ブリュールシュミット, ジョン・オーティスモンク, クリス・オダウドマンディ, アクセル・ヘニーヴォルコフ, チャン・ツィイータム


J・J・エウブラムス製作による「クローバーフィールド HAKAISHA」「10 クローバーフィールド・レーン」に続く「クローバーフィールド」シリーズの第3弾である。
クローバーフィールド HAKAISHAは見ていて印象に残っている。なるほどこれは、これはその前日談がクローバーフィールド・パラドックスなんだ。
それで、最後に怪獣が出てくるのだ。
最初の設定は古い。エネルギー資源の枯渇かこれはあまりに古すぎる問題である。
無限のエネルギーを生み出すことができる場所が、2年間も孤立した宇宙ステーションであるのだがよくわからない。地上ではもっと科学が進んでいないのか?
それもそれで各国の科学者たち数名だけが、国際宇宙ステーションに集るなんていう地球規模のプロジェクトがあるだろうか?
別次元に飛んだ時、そこから宇宙で不思議な出来事が起き始める。結局これはパラレルワールドと、そのパンドラの箱を開けたと言うことなのだ。

目が勝手に動いたり、知らない乗組員が壁の中に閉じ込められていたり、手が壁に吸い込まれたりと
観客を驚かすことは起こるんだが、あまりストーリーの中で論理性がない。
なんだかストーリーに都合のいいようにしか起きない。
ミーアは、自分の世界にシェパード粒子加速器が必要なために最後の陰謀を企てるのだが、最終的にエヴァが平行世界に存在する子供たちに会うことを諦めて、自分の世界に戻ることを決心するところがストーリーの肝だろう。

全体的にはそれなりの見せ場はある。不思議なことが起きて観客の関心を引っ張っていくのだが、最後まで見てがっかりするパターンだ。なんだストーリー展開を上手くするためにしか起きない不思議なことなのだ。
残念である。

久しぶりにチャン・ツィイーを見た。やっぱり年をとった感じは否定できない。

My Rating(評価): 12/20

夜のピクニック 2006

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夜のピクニック夜のピクニック 2006

監督: 長澤雅彦
原作: 恩田陸
出演: 多部未華子, 石田卓也, 郭智博, 西原亜希, 貫地谷しほり

原作は、恩田陸の水戸一高の歩く会について書いた青春ものである。全校生徒が24時間かけて80kmを歩く高校の伝統行事「歩行祭」を描く。
そして、みんなで夜歩く。キャッチコピは、ただそれだけなのに、どうしてこんなに特別なんだろう。見終わってこれに強く同感する。

高校生って、なんだかちょっとしたことが面白く楽しくもあり、ちょっとしたことが非常に重大だったりするもの。素直になるのも怖く、友達にもなかなか相談できないものだ。
それが、どうしてか、甲田貴子の周りにでうまく回っている。遊佐美和子も榊杏奈もいい友達だし、今のクラスメイトの後藤梨香や梶谷千秋との距離感もいい。
そしてなんと言うか、貴子の母もいい人みたいだ。

クラスメイトの西脇融に声を掛けて話すこと、それを甲田貴子は歩行祭の時に実現するように心に決めている。しかしなかなか話しかけられない。それがどれでかえ大変なことなのかは映画を見ればわかるんだが。
声をかけるなんて、なんでもないことなんだがそれはあの年齢では、大きな試練のように感じるのである。
それが、友人の助けやおまじないの力を借りて最後に実現する。友人たちが協力した雰囲気やシチュエーション。そしてNYに転校した親友の杏奈のおまじないは、確かに効果があった。
謎の少年の正体がわかる時、どうしてあんなにおしゃべりなのか。そうか杏奈はそれも知っていておまじないをかけたのだ。
なぜか超えられなかった壁が、事故(榊順弥のおしゃべり)によって突然超えてしまうのである。
甲田貴子と西脇融が堀端を歩くときの二人の関係がなんとも言えない。これが高校生らしい不思議な感覚なんだろう。それは恋ではないし、友情でもないし。不思議な親近感なんだが。

バナナ屋のおっさんは全く余分としか言えない。救護バスやアニメは確かにパロディで入っているが、物語としては、ただ歩くだけのストーリーにすこしスパイスを加えているのは確かである。
貫地谷しほりが演じる根っから明るい後藤梨香や柄本佑が演じるロック好きのファンキー少年高見光一郎が光っていた

なんにしてもいい映画である。原作の方が優れているかもしれないが、この映画でも十分楽しむことができた。

My Rating(評価): 15/20

四季・奈津子 1980

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四季・奈津子四季・奈津子 1980

監督: 東陽一
原作: 五木寛之
出演: 烏丸せつこ, 阿木燿子, 佳那晃子, 風間杜夫

当時としては女性の新鮮な生き方について描かれている。1979年に出版された小説である。その後四季・波留子、四季・布由子、四季・亜紀子と出版されている。四人姉妹のそれぞれの生き方が絵が描かれている。
エーゲ海に捧ぐ(1977、映画1979)がその当時流行った。開放的な性とエーゲ海の美しさがあったが、その次に来たのが、この小説と映画だったかもしれない。
当時から有名な作詞家の阿木燿子のヌードが評判になったのは覚えているんだが、それよりも第6代クラリオンガールの烏丸せつこのヌードのほうが人気があったのはあまり覚えいてない。
確かに篠山紀信の写真の中に阿木耀子も烏丸せつこもあったような気がする。この映画は見たのか見てないのか覚えていないのだが、こんなに烏丸せつこのヌードが出てくるとは知らなかった。
それにしても、烏丸せつこと阿木燿子の二人のヌードの撮影シーンが素晴らしい。それと自分のヌードのスライドを壁に写しながら、その壁の前に立って脱いでポーズをとるシーンは今見てもオリジナルに溢れていて素晴らしい。

女性はやっぱり五木寛之の小説らしく九州博多出身である。彼女が、地元の彼と別れて東京に出ていく話である。
これも新しい女性のあり方を描いている。カメラマンに出会いヌード写真を撮ったり、自己の生き方を貫いているケイと言う女性と知り合いそして、有名な俳優と知り合い女優の道を歩き始める。
あの当時の日本らしく、古い世界からの解放、冒険、夢の実現が描かれている。それ以外に時代背景として、うつ病、レズ、パワハラ的な面接など当時としては新しい題材が入っている。
詩人の田村隆一自身が新幹線で奈津子と話すシーンが取られている。映画のシーンとは全く違うドキュメントタッチで僕には違和感があったのだが、歌を歌いながらパンを得よと田村が奈津子に語るのは印象的である。
なるほど人生は楽しみながら、生きていく糧を得るべきだと言う。それができれば素晴らしいのだが。それがこの映画のテーマでもあるんだろう。

ストーリー的には古臭さもあるんだが、やっぱり映像美、特に烏丸せつこと阿木燿子のヌードシーンは時代を代表する映像美だと思う。

My Rating(評価): 15/20

涙そうそう 2006

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涙そうそう 映画 2006涙そうそう 2006

監督: 土井裕泰
出演: 妻夫木聡, 長澤まさみ, 麻生久美子, 塚本高史, 中村達也

これはかなり前に見た映画。本当に久しぶりに見た。
最後に泣けるのは確かである。うまく泣けるように作ってある。

歌謡曲、涙そうそう(作詞:森山良子・作曲:BEGIN)の歌詞をモチーフに映画化したもの。
BEGINから送られたデモテープのタイトルに書いてあった「涙そうそう」は沖縄の言葉で「涙がぽろぽろこぼれ落ちる」という意味であると聞き、森山が若くしてこの世を去った兄を想う歌詞をつけた。
のが涙そうそうができたきっかけ。
だからだろうが、兄、妹の話であり、最後に兄が死ぬ話。
最後に兄が死ぬあっけなさはあるんだが、人が死ぬってそんなもののような気がする。
ただ、洋太郎がやっぱりかわいそすぎる。妹のために、そして亡き母のタコライス屋をもう一度だす夢を叶えるために一生懸命働いてきて、詐欺にあって、最後は心筋炎で死んでしまう。
妹のことや恵子との関係はなんだか尻切れとんぼになってしまった。ここはもう少し煮詰めてもよかったかも。

あらためて見て、本当は洋太郎が死んでからの話が大事なんだなと思う。特に涙そうそうの歌詞と合わせるなら。
おばあがカオル言うように、女は愛した人の思い出をずっと大切にして、子供を産みそして歳をとるのである。と言うところがいいし
葬式に帰ったカオルの元に届く成人式の晴れ着は兄洋太郎が送ったのものだったのもいい。
そしてエンドロールの海辺を幼少の洋太郎とカオルが手を繋い歩いていて、カオルが「大きくなったらにーにー(洋太郎)と結婚したい」と言います。洋太郎は「きょうだいは結婚できん」答えます。
これもやっぱりい。
そしてこのころの長澤まさみは最高に可愛い。これを見るだけでも価値がある。この話は、洋太郎が死んだところから振り返るような展開か、映画にするよりもう少しドラマで話の展開を充実させた方が良かったかも。


主題歌:夏川りみ「涙そうそう」
挿入歌:BEGIN「三線の花」

My Rating(評価): 15/20

連続ドラマW 東野圭吾 分身 2012

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分身連続ドラマW 東野圭吾 分身 2012

監督: 永田琴
出演: 長澤まさみ, 勝地涼, 前田公輝, 上白石萌歌, 鈴木砂羽

氏家鞠子が中学生の頃に、彼女の母が父と自分に睡眠薬を飲ませて一家心中を図った。しかし父と自分は助かり母だけが死んだ。
彼女は幼い頃から、自分が父とも母とも似ていなくて、母が自分を愛していないんじゃないかと思っていた。
テレビに映った大学生のバンドのヴォーカルの女性が氏家鞠子とそっくりだったこと。そしてそれを見た政治家の伊原駿策が驚いた。そして物語が動き出す。
年の違う瓜二つの娘の秘密はなんなのか。

この話に隠された秘密は、母の自殺の原因と真相。二人がクローンであること。そして最大の秘密は、母の愛である。
氏家鞠子と小林双葉は、オリジナルである高城晶子と会う。彼女からは二人に対して侮辱に近い言葉しかしもらえなかった。
彼女たちの生い立ちを知れば、そこには、代理母となった小林志保や氏家静恵の子供に対する愛情があったのである。
そして落とし所は、オリジナルの高城晶子は子供の産めない体だったが、小林双葉は妊娠して子供がすくすく育っていることである。

クローンを扱ったミステリードラマとしては面白い。しかし残念ながら作者はあまりクローン技術を理解していない。卵子だけでは、クローンは作れない。
クローン作成法の標準となっているホノルル法は、1998年に若山照彦らは、細胞融合を行わず、卵子の核を除去した卵子に体細胞を直接注入することによりクローン個体を作製する技術である。
これを題材にしてこの小説はできていると思うんだが。高城晶子のコピーを作るには、彼女の卵子ではなくて体細胞があればいいのである。卵子は誰でもいいはず。つまり卵子から核を抜いて高城晶子の体細胞の体細胞を直接注入することである。
高城晶子の卵子だけでは、減数分裂しているので染色体は半分になっているの高城晶子のコピーは卵子一つからでは作れない。
そして氏家の妻に卵子を入れるにしても、かなり用意周到に行わななければいけない。つまり保存してあった卵子に高城晶子の完全な体細胞が入っている(または体細胞の核が入っている)のが条件である。
だからそうした処理後に凍結保存されていたのならその可能性はあるんだが。

それとどうして氏家鞠子や小林双葉の卵子が必要なのかわからない。伊原のクローンは免疫不全で死んでしまった。つまりクローンを作るには乗り越える障害がいっぱいあったのだろう。しかし氏家鞠子や小林双葉は健康に育っている。
科学的には考えられないのだが。高城晶子の卵子の細胞質が素晴らしくてクローンができやすいものだったと言うことだろうか。だから氏家鞠子や小林双葉の卵子が貴重であると言うことか。あまり現実的ではない。
まだまだ健全なクローン動物を作るには未知なものがたくさんある。
美味しそうなウニをたべて、クローン技術の逸話を話すところは面白かった。

あまり氏家鞠子や小林双葉の行動にはあまり緊張感がなくてすこしがっかり。もう少しスリルとサスペンスがあったほうがよかった。ただ、長澤まさみらしい演技で安心感があるドラマだった。
長澤まさみがバンド歌手として歌っているのもまたいい。意外と歌うまいね。

My Rating(評価): 14/20
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64-ロクヨン 前編/後編 2016

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64-ロクヨン64-ロクヨン 前編/後編 2016

監督: 瀬々敬久
原作: 横山秀夫
出演: 佐藤浩市, 綾野 剛, 榮倉奈々, 瑛太, 三浦友和

僕はストーリーの展開は緻密で長い時間にも関わらず面白く見れた。骨太の社会派ドラマであるのは確かである。ただ、内容は全ての観客にとって見に迫ってこない。
警察内部のゴタゴタ、とくに警務と刑事の対立や人事、警察の失態隠しなどにもあまり関心がもてないし、広報部と記者クラブのゴタゴタも大した内容ではない。
匿名問題ですら警察とマスコミ双方の利益追及の争いであり、報道関係者の中にもあまりヒューマニズが見えてこない。
だからちょっと離れた感じでよその家をのぞいている感覚である。結局主人公や登場人物と一体感が取れないのである。
三上義信と娘の対立の原因は分からず、妻は美人らしいが、母に似なかった娘のコンプレックスが原因だったのだろうか。そこもあまりはっきりせず最後にはすこしいい方向が感じられる電話がかかっているのだが。
この親子の対立はあまりストーリーとは関係ないと思うんだが。
宣伝文句の映画史に残る傑作、慟哭の結末がまったく浮いてしまっている。
それよりも誘拐事件の悲惨さ、残された家族の喪失感が本当は中心にあるのが筋なんだが。

俳優陣はしっかりとしていて、映画の重々しさにふさわしい。中でもやっぱり佐藤浩市の熱い演技が光る。
ただ、やっぱり感動的な話でもなく、組織や対立の暗さが中心に置かれていて強い感動を訴える映画ではない。

My Rating(評価): 14/20